キーキャップGBをオーガナイズするまで

この記事はキーボード #1 Advent Calendar 2019の12/12 の記事です。
https://adventar.org/calendars/4117


なにこれかわいい!

これがすべての始まりだった。

90年代後半くらいからだろうか。キーボードは、低価格化が激しいPCの添え物と化し、おまけなんだからこの程度でいいでしょと言わんがばかりの安っぽいものが大勢を占め、いくつかの高級キーボードにしても万人受けしそうな当たり障りのないデザインに落ち着いてしまっていた。

それがだめだとは言わない。ベーシックなカタチにはエバーグリーンな魅力が宿るものも少なくないし、たとえ低価格であることにしか利点がない量産品にも存在意義は確実にある。とはいえ、とりあえず黒いケースにWOB(ホワイト・オン・ブラック)のキーキャップにしとけ的な投げやりなマーケティングの上に生まれた商品群には面白みやときめきを微塵も感じなくなっていたのは事実だ。

カラフルじゃなきゃ嫌という話でもない。たとえばApple II GS Keyboardはプラチナムグレーの、言ってみれば地味な色に包まれてはいたが、そのデザインはいまなお未来へと誘う先進性を保持し続けている。

Apple II GS Keyboard

要はモノとして愛せるかどうか。巷にあふれるキーボードに対してそうした感情を抱けなくなって久しいある冬の日、わたしはネットの海でSignature Plasticsのキーキャップに出会って冒頭のひとことを発した。

おそらくそれはこの写真だったと思う。

ふくよかなボディに大きなアルファベットが描かれ、モディファイアの文字には様々な色が使われたそれは、よく目にするキーボードのものとはまったく違っていた。はじめはこういうキーボードが市販されているのかと思ったが、調べていくうちにそうではなく、キーキャップ部分はそれ自体が商品であり、そうした遊び心あふれたキーキャップがいろいろと存在していること、そしてそれらのキーキャップを装着するためにはCherry MXスイッチが載ったキーボードが必要なのだということを知った。

ちなみに上記写真のキーキャップはSA Penumbraという。ならばとこのキーキャップを検索してみるが、すでに販売されてはいないようだった。この界隈では常識となっているように、多くのキーキャップはGroup Buy(以下GB)という形態で製造・流通がおこなわれる。マーケットが小規模なために量産販売が望めない企画商品について、購入希望者を募り、代金を先払いすることで工場に生産してもらう。当然、支払いから納品までの期間は長くなり、何カ月もの間(場合によっては1年以上)、まだかまだかと待ち続けることになる。

自分が最初期に参加したGBはMassDrop(現Drop)で行われていたDSA Graniteだ。いまではMT3プロファイルのデザイナーとしても知られるmatt3o氏の代表作で、DSAの低い形状とベーシックだが明るい地に黒で描かれる大きめのレジェンドに目を奪われた。SA Penumbraほど色っぽくはないが、モダンで端正なデザインのレジェンドを採用しており(ダイサブなので2色成型のようにレジェンドが型に縛られない)、長く愛せそうだった。これが最後のラウンドになる、という書き込みにも購入意欲を掻き立てられ、気が付けばベースキットを3セット、モディファイアをテキスト2セット、アイコン1セット、その他各種マニアックなキットを様々買っていた。いきなり400ドル超の買い物である(※これが最後というのは販売上のクリシェである。ただし本当に最後のこともあるのでその真意を見抜けるように日々精進しなければならない。ちなみにGraniteは、現在、次に紹介するpimpmykeyboardのレギュラー商品…)。

さて、GraniteはGBだから当然すぐには発送されない。しかし、男の子は欲しいとなったらとにかくすぐにでも欲しいわけである。Granite以外でいいから何か手に入るものはないか。それは意外と簡単に見つかった。GraniteなどのDSAプロファイルを製造するメーカー(Signature Plastics)の直販サイトに何種類かのキーキャップが在庫しているではないか。

名前がBっぽいが中身はごく普通(普通ってなに?)のサイト。想像するにMTVの人気カスタムカー番組『Pimp My Ride』風にしたくて選んだドメインだろうけど、それならpimp cupにちなんでpimp capがよかったのではとも思う。完全に脱線。

なんだかグラブバッグの店として著名な気もするpimpmykeyboardだが、もちろん、通常のセットも売られている。当時、在庫品から選んだのはDSA Deep SpaceとDSA Eveだ。

Deep Spaceはアルチザン作家でもあるBooperがデザインしたセットで、その名の通り宇宙をテーマとした紫とグレーの組み合わせが美しい。残念なことに初回のGBしか実施されておらず(pimpmykeyboardの販売はエキストラ分)、もはや入手は個人売買以外の道がない。あのときPlanckキットとPlanetary Packキットをなぜ買わなかったのか、いまなおたびたび思い出しては後悔している。

現在、手元に載せているボードがないので…

もう一つのEveは、某清掃ロボット映画に登場する白い方をイメージして作られたセット。こちらの作者であるxblackdogはSA Symbiosisを企画したことでも知られる(もっともSymbiosisはSpace Cadetのオマージュであり、Deskthorityの7bitがRound 4のGBで試みていたものの完全版と言うべきものだ)。

さて、初めてのSP製キーキャップを手に入れるにあたり、Cherry MXスイッチの搭載されたキーボードを入手しなければならない。何もわからないまま、米Amazonから即納されるものをポチった。どこで読んだか忘れたがメカニカルキーボードはクリッキーがいいというので迷わず青軸である。

キーキャップとキーボードが共に手元に届き、味気ないWOBのキーキャップを差し替えてめでたく「自分のキーボード」が誕生したときの感激は忘れられない。DSA Eveは黒いケースによく似合って、しかもすべてまっ平なDSAのフラットな形状が新鮮に映った。

DSA Eve on CM Storm QuickFire Rapid

もっとも、クリッキーの音は予想とは違ってとにかくうるさく、それでもしばらくは嬉々としてカチカチ言わせていたが、さすがに常用するのは厳しくなって別のキーボードに手を出した。この頃になるとキーボードを「組み立てることが出来る」という事実を知ったので、手っ取り早く手に入るプラケースの60%とGH60系基板を買ってみた。

DSA Granite on GH60 & Atack25

まだルブなんてまったく頭になく、スイッチプレートの意味もわからなかったのでプレートレスでそのままPCBにはんだ付け。後になってみればひどい音だし打鍵感もよくなかったが、TKLよりも少ないキー数のキーボードがやけにかわいく見えて、しかも立派にタイプできる(とはいっても60%なので当たり前だがこのときにはまだ50%以下が見えてない)ことにすっかり気をよくした自分は、次のキーキャップ、次のキーボードを求めてずぶずぶと沼の中にはまっていったのである。写真右側のAtack25は後にこのケースに合わせて設計したパッドで、ATTACK25の原型。スペルミスなのは以前にも触れた通りそれでいいのだ。

GMK TA Royal Alpha on Winkeyless B.mini EX X2

その後、Planckの魅力に気づいて40%党入りしたり、その反動で100%がいいと思ってみたり、はたまた1800系に手を出したり、65%、75%、90%など節操なく買ってみたりと話は尽きないが、それはまたの機会に。

トラブル発生

当時、日本にもキーボードの改造やスイッチマニア的な情報発信をされている方はいたものの、いまだキーボードコミュニティなるものがなく、加えてキーキャップについて語るような場は皆無だったから、情報源はおのずと海外に絞られた。日本でいう自作キーボードやカスタムキーボード、そしてキーキャップなどを愛好する者が集うフォーラムは主に以下の2か所だった(※redditのr/mkも情報源として重宝するが、巨大フォーラムの一部であってシステム的にも投稿が刹那的になりがち)。

MassDropがいよいよ勢いづいてきて次々にGBを開催する一方、まだまだ個人などが主催する小規模なGBも少なくない時代である。基本的にショップ主体のGBはトラブル発生時に店の規定に基づいたサポートが期待できるのでそれなりに安心だが、個人ではGB運営者の考え方やパーソナリティに大きく左右される。

差しさわりがあるので具体名は伏せておくが、こんなことがあった。
キーキャップセットのGBでとあるカラーのセットに参加したのだが、支払いから10か月経って発送通知をもらったものの(追跡番号なし)、商品はいくら待っても届かない。GB運営者に連絡を取ってもなかなか捉まらず、ようやく返信が来たと思ったら注文内容を教えてくれと…。結局、1年以上を経て実際に来たのは頼んだものとは別のセット。再びGB運営者に連絡を取ると、「ごめんごめん、送り返してくれたら交換するよ、ただし送料はそちら持ちで。こっちは非営利でやってるからさー」と…。

いや非営利じゃないでしょその値段、とは思うのだけれど(言えない)、たしかに国際郵便を複数回払ったら利益は吹っ飛ぶだろう。こちらで返送料を負担してでも交換してもらうかとも思ったものの、これまでのいきさつを考えるに送ったところで不達や音信不通など新たなトラブルが起こらないとも限らず、これ以上やりとりするのは精神的にも疲れると考え、結局、届かなかった分のキーキャップ代として一部リファンドを申し出てくれたのでありがたく手を打った。ここまでで実に1年5カ月かかって欲しかったキーキャップは未入手…。

こんなことも。
これまたとあるショップさんから購入した某キーキャップが届いたのだが、なんと2セット注文したうちの1セットがまるまる入っていない! まぁこういうこともあるよなと軽い気持ちでショップのサポートに報告すると、倉庫はバーコードスキャンでチェックしているからパッキング事故はありえないと一蹴してきた。要するにお前嘘ついてるだろ、というニュアンスがメールの端々から匂ってくる(ような気がする)。

いやいや自分嘘ついてないですし、届いていないものを証明するなんて悪魔の証明じゃあるまいし。切々と先方に訴えるも、「わたくしどもは倉庫の記録を信じざるを得ません」という冷たい対応に一時はあきらめかけた。が、界隈の人たちから重量を測ったらわかるのではというアドバイスをもらい、ラベル記載の重量では注文分には足りず、またボックスのサイズも小さすぎるという点と併せて証拠として突きつけた結果、ショップ側でも実際のセットを取り寄せて重量などを計測してやはり倉庫ミスだということが実証され、ついには不足分を発送してくれることに。ここまでショップとのメールのやりとり27通(双方向で)。疲れました、ほんと。

というわけで途中からトラブル紹介のコーナーになったが、実際、キーキャップのGBや通販にはトラブルがつきもの。キーボード関係の中でもレジェンドが各々違うキーキャップはとりわけ不足や不良の頻度が高めで、あくまで肌感覚ながら、5~6回に1回程度は一部欠品や間違ったレジェンドが入っているなど何かしら問題が起こっている。たいていは連絡すれば対応してもらえるものの、上記のような例もままあるので、GBにはある程度のトラブル耐性が試される。

そして初のキーキャップGB開催へ

MDA ORTHO VoID on Zinc

初めてキーキャップに手を出して早3年。今年、わたしはべるさん、 Altermove さんの協力を得て日本初のキーキャップGBとして MDA ORTHO VoIDのGBを開催した。Altermoveさんによるかわいいノベルティに加え、SMKJのみなさんの声を反映させた日本らしいセットになり、おかげさまで多くのGB参加をいただいた。また、このGB実現には遊舎工房さんの協力も欠かせなかった。この場をお借りして皆さんに御礼申し上げるとともに、GBについて時系列で簡単にまとめておこうと思う。

 2018/11/6 Discord SMKJのGBチャンネルに草案を書き込み。意見を募る
 2018/11/17 altermoveさんにノベルティキーデザインを打診
 2018/12/15 ノベルティの方向性決定
 2019/2/21 ICスタート
 2019/2/27 単価・MOQ提示。詳細の仕様含め条件を詰めていく
 2019/5/12 GB開始
 2019/5/19 GB終了
 2019/6/3 最終ノベルティデザインを工場へ送る
 2019/6/14 前金支払い(請求がなかなか来なくて払えず焦る)
 2019/7/10 工場の射出成型機が故障したとの恐怖の報せ
 2019/8/1 サンプル到着
 2019/8/18 工場側が設定した出荷予定日超えたが発送の報せなし
 2019/8/21 納品の催促
 2019/8/23 発送の報せを受けて少し安心
 2019/8/28 トラッキングでトラブル発覚。日本に届かず
 2019/9/4 ついに日本に到着!(やったー!)
 2019/9/5-6 GB参加者へ発送完了
 2019/9/7-25 欠品など不具合対応(数が足りたため予備分より発送)
 2019/11/10 工場より欠品分到着。GB終了

納期を守るべくかなり余裕をもったスケジュールを組んだつもりが、想定外の出来事が重なって残念ながら当初の予定を1週間超えてしまった。参加者の方々にはご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。ほかのGBが軒並み数カ月単位の遅れとなっているのでこれでも優秀に見えてしまうのが怖い…。

びあっこちゃんぺかそちゃんの援護射撃も大変ありがたく

ちなみにMDA ORTHO VoIDは海外でも評判となっていて、売ってくれないか、プロキシをさせてくれないかという声を頂戴してたり(※と書いていたらKBDfansでノベルティ抜きのORTHO VoIDニアイコールなセットが販売開始された模様。MOQの都合により事前に了解していたもの)。初の試みだったので海外ではICさえやっていないが、今後は海外も視野に入れてGBを企画したい(来年もやっていくよ)。

まーくさんほかたくさんのみなさんの装着ツイートがうれしい!!

さきほどの話に戻れば、GBでのトラブルを経験したからこそ、自分が運営するGBでは参加者のみなさんにできるだけ嫌な思いをさせたくないと気を付けている。今回も主に工場でのパッケージミスが発生してご迷惑をおかけした方が何人かいらっしゃったが、全員にご協力いただき無事に交換を終えることが出来た。今後ともみなさんに安心して参加いただけるGBをやりたいと思っている次第。

そういえば昨年のアドベントカレンダーではエンドゲームなんてほしくないという話をした。自分がそう思う理由のひとつにはキーキャップへの愛情が深いからという点も無関係ではなさそうだ。だって、次から次へと出てくるキーキャップに終わりなんてものはそもそもない。洋服と同じように気分に応じてあれやこれやと引っ張り出して並べて付けたり外したりするこの着せ替え遊びに(レイアウトやケースも含めて)エンドゲームはないのだ。

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キーキャップの各キットについて

本文が完全にエッセイなので、最後にわずかですがキーキャップGBビギナーさんのお役に立てそうな情報を。
キーキャップのGBや販売ページには複数のキットからなるものがあります。はじめて見る人は何を買ったらよいのか悩んでしまうと思いますので、簡単に説明を付けてみました。なお、キーキャップのプロファイル(SA、GMK、XDA、MDA)によってキットの種類が異なります。

・Base / Core
ANSI配列の60%、TKLもしくはフルセットが多い。一般的な60%、TKLはこのセットのみで網羅される
・Alpha
ANSI配列のアルファベット部分(通常は<>/;’などを含む)のみ
・NumPad
いわゆるテンキー部分
・Novelties
ノベルティーキー。そのキーキャップセットのテーマとなるデザインキーもしくは単語が並べられている。主に装飾用
・Arrows
アロークラスターのみ。Baseとは別色があることも
・Non-Standard
特殊配列用のサイズや行のモディファイアキーを集めたキット。40%などに対応
・Ortho
PlanckやPreonicなどオーソリニアのキットに対応したキット。Let’s SplitやZincもこのキットで賄える(アルファベットを含む場合とモディファイアのみの場合がある)
・Fourties
最近のGMKに用意されることの多いキットで、上記のOrthoに加え40%で使われがちなサイズのキーを収録
・ISO
ヨーロッパで使われるISO配列向け
・Space
各種スペースキー

日本の分割キットに使うためには、AlphaとOrthoもしくはFourtiesキットが最低限必要で、CorneやLily58などには1.5uのスペースも欲しいところ(これがあまりない)。なお、GMKではスペース(凸型)キーを1.00c、2.00cと表記することがあります(それぞれ1uサイズのコンベックス、2uサイズのコンベックス)


この記事はmonksoffunkが自設計のZincで書きました

SA Fluffy Cloud on Zinc

それでは素敵なホリデイを!

明日の記事は さんの「なんでキーボードを自作するんですか?」 です!
https://adventar.org/calendars/4117

投稿者: monksoffunk

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