自作キーボード界隈という世界の奥行き

この記事は キーボード #1 Advent Calendar 2020 の8日目の記事です。7日目の記事は@foostanさんのアルミ削り出しの一体型キーボードをつくったでした。

世の中にはためになる話とためにならない話があります。

一般的にためになる話というのは、学校の校長先生だったり、会社の部長さんだったりが朝礼とかでわけもなくにこやかな顔してなんとなく含蓄のありそうなことを言ってるようでいてそれほど中身のない小話だったりするわけですが、技術系界隈においてためになる話と言えば端的に技術の話ということになるでしょう。その観点から言えば、この記事はまったくもってためにならない話。日本における自作キーボード界隈という世界についてです。すでにこの沼に肩まで浸かっている面々にとっては目新しいところはないでしょうが、沼の淵にたどり着いて足を入れるべきかどうか迷っている方たちに、どんな作り手が生息しているのかをざっとご理解いただき、お仲間になるきっかけとなりましたらこれ幸いです。

さて、自作キーボードというのだからもちろんキーボードを作ってるんだろうとお思いになるでしょう。たしかにこの界隈の原点はそこにあります。SMKJのコアメンバーのみなさんがErgoDoxあたりの分割キーボードに興味を持ち始めて海外産のキットを取り寄せ組み立てたり、日本オリジナルな分割キーボードを競うように設計し始めたのが始まりです(偉そうに言ってますけど筆者が沼に入ったのはもっと後)。それ以前にも、ビンテージキーボード蒐集や、市販キーボードの改造などを精力的に行っている方がいらっしゃいましたが、それら点と点がつながって面をなし、界隈と呼べる規模になったのは2017年頃でしょうか。個々のお名前は出しませんが、なにはなくてもそうしたキーボード設計者や愛好家たちが核となって界隈は成長していきました。

みなさんのことをそれほど存じているわけではないものの、界隈のみなさん、とりわけ設計者たちはソフトウェアエンジニアの比重が高いようです。組み込みのファームウェア開発が伴うキーボード設計にとって、ソフト面に通じていることはハードルを一段も二段も下げてくれます。その上、設計手法を早くから薄い本やネット上にまとめて広めてくださった先人たちの偉業により、もはや作り手と受け手の垣根は存在しないと言っても過言ではありません。実際、界隈からは数えきれないほどのキーボードやそのキットがこうしている間にも次々に生み出されています。

そんなわけでこの界隈と言えばオリジナルなキーボードを設計し、あまつさえキット化して販売するところ、みたいに思われがちですが、決してそれだけではありません。界隈はバラエティ豊かな創作者にあふれています。ここでは、今後ますますの人材充実を促すべく、いささか恣意的にキーボード本体ではなく、キーボード周りの創作ジャンルを紹介させていただきます。

アルチザンキーキャップアーティスト

キーボードにつきもののキーキャップをキャンバスに見立てて立体造形を行う職人気質の芸術家。キーキャップのプロファイルに沿った透明な樹脂に思い思いの情景を閉じ込めたものから、もはやタイピングされることを無視するかのような自由な形状を持つものまで、その類稀なセンスが試されるジャンルです。

デスクマットアーティスト

キーボードの底に敷くデスクマットは、より良い打鍵感/打鍵音を得るためだけでなく、美的役割も大きいアイテムです。海外では、単色や単純な柄入りから、最近ではより大胆なイラストを配したものも増えてきています。通常の出版物をはるかに超えるサイズとなりますし、常に人々のデスクを飾るデスクマットはイラストレーターにとって魅力的なフィールドになるのではないでしょうか。

アルチザンケーブルアーティスト

キーボードには欠かせないアイテムである接続ケーブルをフィールドに活動するアーティストです。ケーブルを彩り豊かな表層で飾るだけでなく、カールコード化や塗装中継プラグなど、あの手この手で付加価値を付けていくスキルの持ち主です。そんなの嘘だろ?とお疑いのあなた、専門に創作販売されている方がいらっしゃるんですよ。日本での始祖はにるぽさん。

キーボードバッグ作家

自慢のキーボードを見せびらかしたいという思いは、ついに専用のバッグ製作へと向かわせてしまったようです。クリア素材を用いた大きな窓付きのバッグにお気に入りのキーボードを詰め込んで街を歩けばあなたも人気者になれること間違いなしの逸品は今年販売されたキーボード用品の中でもピカイチ(死語)でしょう。

キーボード小説家

キーボードを題材にした小説、と言えば楽器の方と相場が決まっていますが、もちろんこの界隈では違います。長期連載作品『シャカリキ!!鍵盤道★』のほか、合同本などの媒体で複数の作家から短編が発表されています。キースイッチ擬人化合同本『CUTIE SWITCHS』にはイラスト作品/コミックも収録。

 シャカリキ!!鍵盤道★

キーボードコミックス作家

小説があれば漫画もあるということで、もちろんコミックスもあるわけです。大沖先生の作品も!

CUTIE SWITCHS

自作キーボードVTuber

界隈を広める役割を担っているのがVTuberのみなさんです。『ほぼ週刊キーボードニュース』がなければ『マツコの知らない世界』に取り上げられることもなかったはず!

自作キーボード系DJ

人が集まれば自然と音楽が鳴り出すのが世の常です。界隈の一部の音楽愛好家たちが不定期にDJイベントを行っています。自作キーボードとは姉妹関係にある自作コントローラーを用いたDJプレイなど、キーボードとの関連付けがテーマとなりそうですが、個人的にはヴェイパーウェイヴやフューチャー・ファンクといった海外キーボード文化の背景に流れるジャンルとの親和性が高いかな、と感じています。とはいえ音楽は自由ですのでなんでもありですね。

ひよこイラストレーター

界隈のTLに頻繁に登場するなぞのひよこイラストは、界隈の真のボスと恐れられている人物(なのか?)の創作です。どうやらそのイラストにはモデルがいたようですが、すでにイラストのひよこは別の魂が宿っていると思った方がよいでしょう。このイラストに違和感を持たなくなったとき、あなたは自らをこの界隈の住人として認知したのです。ごく最近になってひよこを主人公とする挿絵付き連作(合作)小説が始まっていますので、腕に覚えのある方は続きをぜひ。

ざっと界隈を眺めてみましたがいかがでしょう? キーボードを軸とする文化はまだまだ可能性を秘めています。本体に話を戻せば、従来はいわゆるサンドウィッチ構造のキットがほとんどだった日本のシーンにも、今年は削り出し加工による金属筐体がいくつか登場しました。今後はインダストリアルデザインを専門とする優秀な人材が必要とされるように思います。(アルチザンではない)キーキャップ製作に関してもデザイナーが不足していますし、上述のデスクマットもまた然り。デザイナーの活躍の場は豊富にあります。

今年は自作静電容量キーボードの解説書が頒布されましたし、スイッチそのものやポインティングデバイス領域の研究も期待されます。入力デバイスとしてのキーボードのさらなる洗練や多様性が界隈の本丸であることは間違いないでしょう。けれども、一方では今回紹介してきた絵師や小説家、音楽家など、キーボード周辺を題材にする作家さんももっと増えてほしいというのが個人的な願いです。

この記事は界隈へのお誘い、あるいは理解を促すことを目的とするものですが、界隈に入ることは必ずしも作り手側になることを意味しません。実際のところ、自分にフィットするキーボードを探し求めて組み立てるために界隈をのぞきに来る方がほとんどでしょう。けれども、沼の中では好き者たちが得意なことを活かして思い思いに遊んでいます。個人的なことを言えば、自分の出来る範囲で創造・表現しつつ、自分にはないスキルや才能を持った人たちの作品をありがたく享受して楽しむ、そんなふんわりとしているけどエキサイティングな毎日を送っています(刺々しさがない界隈であり続けてほしい)。さあ、あなたもぜひ!

この記事はALETH42で書きました。

投稿者: monksoffunk

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